サーフィンが縁で国際海底ケーブルの世界へ
最初に就職したのはソフトウェア会社で、5年ほど通信設備を制御するプログラミング(アセンブラ)の仕事に携わっていました。その後、国際通信の会社に転職し、そこでは交換機の運用保守に従事。それから10年後にTOBを経て、世界で初めてドーバー海峡に国際海底ケーブルを敷設した外資系通信事業会社になり、そのタイミングで別の部署の部長からの誘いで、世界中の通信キャリアから受けたオーダーを管理する仕事に従事するようになりました。
さらに数年後、別の会社に買収されたタイミングで、今度は、当時人手不足だった千葉のランディングステーション(LS)勤務の誘いがありました。サーフポイントに近いLSで働ければ、波乗り三昧だ!という不純な動機でした(笑)。正直、そこまで国際海底ケーブルに興味があったわけでもなく、おそらく波乗りをしていなかったら、LSで働くこともなかったと思います。通信業務とはいえ、元は交換屋、伝送に関する知識も乏しく、さらに追い打ちをかけるように、電力設備を含めたLS全体の設備業務も任され、毎日遅くまで仕様書を読みふけって、業者用の手順書を作っていました。
ある日、駅構内にWi-Fiアンテナの設置工事監視員として駆り出されたことが、私の保全業務に対する気づきとなりました。最終電車が発車した直後、無人のホームにどこからともなく300人ほどの工事作業員が現れて、各々に工事を始めるわけです。そして始発電車が到着する午前4時前には、きっちりと工事を完了し、撤収していきます。早朝、その駅は何事もなかったかのように乗客を迎えます。わずかでもミスが有れば、電車は止まり、通勤客に影響が出て、最悪、ニュースで取り上げられてしまいます。
当たり前ですが、乗客のほとんどは、夜間に工事があったことは知る由もないでしょう。当時、電車通勤をしていた私も知りませんでした。しかしながら、世界で最も信頼性の高い日本のインフラはこうした“縁の下の力持ち”に支えられていたのです。
海外に行くたびに痛感するのが、全てが時間通りに動かないことです。1分と違わず電車が来る。その“日本では当たり前”は、海外では通用しません。同様に日本の通信も同様で、つながって当たり前です。その“当たり前”を舞台裏で維持し続ける保全業務に粛々と取り組んでいくことが、我々の使命だと思っています。
東日本大震災の経験が人生のターニングポイントに
そして忘れられない、忘れてはいけないのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災です。地震で海底ケーブルがズタズタに分断され、ものすごい張力で引き裂かれたケーブルが数キロ先まで流されるという事態が発生しました。局舎は海岸からも近く、頻繁に起きる余震と津波におびえながらも、非常事態だから「ま、しょうがないか、これが仕事だし」と、自分でも驚くほど、淡々と業務をこなしていました。あのときほど、日常の普通がどれだけ幸せであるか、身に染みたことはありませんでした。(今のコロナ禍も同じですが)
当時、「もしかして、これで日本が終わるかもしれない」と、本気で考えました。それでも自分にできること粛々と続ける中、夏の終わりくらいには国際海底ケーブルは復旧しました。通信キャリアの一員としての達成感があった一方、大規模災害における会社の対応に少々疑問を感じたことも事実です。企業は、利益を上げるため支出を抑えるコスト意識が重要ですが、大規模災害などのケースでは、ある程度利益度外視で復旧作業にあたる企業の体力と責任が必要ではないかと感じたのです。
現場で感じたのは、国難規模の災害を立て直すための戦略とシステムが欠如していることでした。個人の頑張りには限界があります。当時のNTTグループの対応は国と足並みをそろえ、JRや自衛隊などと協力して迅速な復旧対応していました。日本を支える領域で、自分が培ってきたスキルをフルに使って、もっと社会に貢献したいという思いが募る中、NTTコムエンジニアリング(以下、コムエンジ)の募集を知り、転職を決意。2015年より関東から関西に移り住み、志摩LSに勤務することになりました。それ以来、国際海底ケーブルの保全全般に携わっています。
困難があっても逃げない決意
現在、志摩LSは6名体制です。それぞれ経歴はバラバラで、個性豊かなメンバーと一緒に、日々粛々と業務を推し進めることがステーションマネージャーの仕事です。日ごろより、バックボーンや価値観が異なる一人ひとりの個性を尊重し、それぞれ意見に耳を傾けるように心がけています。自分の考えを押し付けるのではなく、課題に対しては、相手から意見やソリューションを引き出すことが大切です。私を含め、人それぞれに強み、弱みがあります。お互いの「弱み」を消して、「強み」を生かすのがチームの強みであると、経営の神様P.F.ドラッカーは述べています。私もそう思います。
LSの保守は、海底ケーブルシステムの故障が発生し修理船が故障ポイント到着したときから、フルタイムに対応したシフト勤務体制になります。日本と海外を結ぶ重要な社会インフラである国際海底ケーブルをいち早く復旧させることが私たちの使命です。
未曽有の大規模災害に備えて、LSにはやるべき領域が少なくないと感じています。たとえば、志摩LSの電力系設備を保守しているグループ会社の事務所は70kmほど離れた津市にあります。万一大規模災害が発生し、道路が寸断されれば、後は、現場に居る私たちが何とかするしかありません。そういったケースを想定して保全の領域を拡大し、ワンストップで対応できる体制が私たちのゴールです。
保守を生業としている方(いや、日本人全員ですね)には、ぜひ見てほしい映画が有ります。門田隆将 著『死の淵を見た男』を映画化し、2020年公開された『Fukushima50(フクシマフィフティ)』です。福島原発に残った職員50人の戦いを描いた作品です。果たして、自分だったら、あの状況でバルブを閉めに行けるのか?正直、考えさせられます。また、日本ではそれほど知られていませんが、世界では彼ら50人はヒーローとして称賛されています。実際、スペイン政府は彼らの活躍に対して皇太子賞を授与しました。この映画こそが、究極の保全業務の在り方だと思っています。
OFF TIME
子どもが生まれてから、趣味のサーフィンはすっかりご無沙汰です。それでも海が好きなので、夏の休日は家族と一緒に近所のビーチで過ごすことが多かったですね。昨年、穴場のリゾート(宿泊設備もあり、ヘリコプターでの遊覧飛行もできます)を発見しまして、ほとんど知られていないので、隠れ家的なプライベートビーチのような気分を満喫しました。
PROFILE
久保田 和近
2015年にNTTコムエンジニアリングに入社。前職からのLS経験を生かし、志摩LSのステーションマネージャーとしてチームをまとめている。座右の銘は「凡事徹底」。当たり前のことを当たり前に、日々淡々と行うことを信条としている。