日本列島北へ西へ、軽快な機動力でキャリアを重ねる
学生時代は、いろいろなアルバイトに明け暮れました。中でも印象に残っているのは、山中湖に近い民宿に住み込みで働いたことです。朝早いことを除けばストレスのない環境で、空いた時間に忍野八海などの観光地を巡るなど、楽しみながら働けましたね。地元は横浜なのですが、このような実家から離れたところに住んで働いた“出稼ぎ”体験が、その後の人生を大きく左右することになります。
卒業を迎えるころ、世の中は就職氷河期の真っ只中でした。やむなくカラオケ店でバイトしながら就職活動をしていたのですが、なかなか地元ではいい仕事がみつかりません。当時、スノーボードにハマっていて、それならばゲレンデの多い北海道で働けば一石二鳥という思いから札幌へ向かいます。ところが札幌でもいい仕事が見つからず、斡旋された仕事場は三重県の自動車製造工場です。ゲレンデからは離れてしまいますが、出稼ぎ自体に抵抗はないので移り住んで働くことにしました。
自動車製造工場では、生産ラインの遅延車管理を担当しました。これは、何らかのトラブルで納期が遅れている自動車(遅延車)を速やかに出荷するための調整業務です。担当していた車種の人気が高かったこともあり、膨大な生産台数のノルマをこなしながら、遅延車の修正処理をする必要がありました。現場の作業員からは「生産台数と遅延車のリカバー、どっちを優先するんだ!」と怒鳴りつけられることもしょっちゅうです。気性の荒い作業員がいるような環境で、ひたすら頭を下げて調整をお願いしていました。
いま考えると、私のキャリアでいちばん過酷な時期だったと思います。とはいえ、この仕事で人に寄り添ったり、人を巻き込んだりする調整業務のノウハウを身に付けることができました。
2年ほど働いたところで区切りをつけ、再び札幌に移り住みます。幸いなことに仕事も見つかり、派遣社員としてNTT系コンタクトセンターのオペレーター業務に就きます。もちろん、オフタイムには積年の夢だったスノーボードを満喫したことは言うまでもありません(笑)。
設計構築ユニットで開花した調整スキル
その後、東京に移りオペレーターを10年ほど続け、2013年に現所属の設計・構築ユニットに異動になります。そういう星の下なのか、担当することになったのは調整業務でした(笑)。しばらく働いたころ、派遣先のNTTコムエンジニアリング(以下、コムエンジ)が中途採用に力を入れている話を耳にしました。まだ勤続年数は浅かったのですが、ここが好機と正社員になりました。
担当しているのは、OCNのバックボーンの工事調整担当です。サービスの品質を左右する要ですので、増え続けるトラフィック量を見越してバックボーンの増強を進める必要があります。工事に必要な物品や人材の手配から、各部署と連携したスケジュールの調整まで、工事に関わるすべてをコントロールし、納期通りに工事を完了させることがミッションです。各部署をまたぐ30人ほどのプレーヤーをまとめる、現場監督のようなイメージかもしれません。
順調に進行している工事では、私の出番はありません。一方、何らかのトラブルを抱えた工事は、すべて私のところに回ってきます。さまざま状況を見据えながら、うまく根回しする調整が求められます。このようなとき、自動車製造工場で怒鳴られて身に着いたノウハウが生かされます。
調整業務でキーとなるのは、「物品」と「人手」です。必要な物品が手元になければ工事は進まないので、他部署の物品を回してもらうといった調整をします。特に大変なのは人手で、多忙な人に対して急ぎで仕事をお願いすることです。上から押し付けることは簡単ですが、1回限りではなく今後も関係は続くので、きちんと相手の言い分を聞きつつ、工事の重要性を説明し、落としどころを探すことが重要です。
山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」が座右の銘です。たくさんのプレーヤーを率いる調整業務では、率先して動き、相手に寄り添い、サポートする配慮が欠かせません。大変な仕事ですが、そのプレーヤーたちがある日何らかのきっかけで急成長して、仕事ができるようになる姿を見られるのは楽しいです。最近、いろいろな厄介ごとを調整してきた実績が評価され、一緒に仕事をするメンバーから「小平に任せれば大丈夫だろう」ということで相談が増え、メンバーの中心で動けるようになったことにも喜びを感じますね。
自動化を推し進め独自サービスの創出へ
「未来ワーキング」の存在は知っていたのですが、まさか参加するとは思っていませんでした。一度、依頼されてアンケートに回答したら、いつのまにかアサインされていた感じです。大企業でも業績が悪ければリストラされる時代、もっとコムエンジの社員は危機感を持つ必要があるとか、業務の自動化を進めて浮いたマンパワーを事業領域の拡張に役立てるべきとか、日ごろ感じている思いを素直にしたためたことが、アサインにつながったのかもしれません。
未来ワーキングは、新しいことに挑戦できる絶好の場です。私は働き方改革を推進するために、サテライトオフィスを実現させる取り組みを進めています。都市部の喧騒から離れて、たとえば海の近くなどでリラックスして仕事ができるロケーションを立ち上げる施策です。地域貢献による会社のイメージアップにもつながるので、何としても成し遂げたい挑戦です。いずれ海外で働いてみたいという私自身の夢もあり、その足掛かりとなる成果が出せればと思っています。
現在は各種サービスを支えるバックボーンの設計構築で多忙な日々ですが、今後、業務の自動化が進めば、もっと楽に回るようになるでしょう。それが達成できたら、現場で培った調整スキルを生かし、サービスを“支える”のではなく、“つくる”ポジションで働きたいと思っています。いつか独自のサービスを生み出し、新たなコムエンジのステージを切り拓きたいという思いがあります。とはいえ、コムエンジの未来は若い世代が先導してつくっていくべきです。山本五十六のような範となる“背中”を見せることが、先の世代である私たちの担うべき役割かもしれませんね。
OFF TIME
この歳にして、このタイミングでゲーム「スプラトゥーン」にハマっています。すでにプレイ時間は1,000時間を超えています(笑)。まだ視聴者は少ないのですが、YouTubeで動画配信も始めました。コロナ禍で運動不足であることは重々承知しているのですが、ゲームが楽しくて、体を動かすことはついつい後回しになっています。
PROFILE
小平 伸一
2015年、NTTコムエンジニアリングに入社。現在はOCNバックボーンを支える設計・構築ユニットで工事調整担当に従事。やっかいな工事を請け負うトラブルシュータ―を自認している。チームメンバーからは仕事のみならず、プライべートな相談事が舞い込む面倒見のいい兄貴肌の一面も。