NTTコミュニケーションズグループ

長谷川 洋平

未来ワーキング

波乱万丈のキャリアで培った不屈の闘志で
新しいインフラネットワークの地図を描く

長谷川 洋平

業種も手法も異なる「営業」を経験

業種も手法も異なる「営業」を経験

新卒で最初に飛び込んだのは、金融系の会社です。選んだ理由はただ「営業」への単純な憧れです。お客さまからお預かりしたお金を運用する商品ファンドの営業として働き始め、毎日500件くらい電話をかけては社名を言う途中で切られ、残るのは受話器をあて続けたことによる耳の痛み(笑)。そんな中でも、お話を聞いてくださる人や契約をいただけることもありましたが、そこは青二才。自分の求めている像とのギャップから、何のプランもなく退職を決意しました。

次は、オフィスビルの管理・工事・仲介業務を行う会社の営業として働きました。飛び込みでお客さまを訪問し、受注したら工事業者をアサインして施工管理から仕上げまで、すべて自分の裁量で回す仕事です。歩合制で結果がサラリーに反映されたので、やりがいはありましたし、非常に若い社員が多く楽しくはありました。しかし、まだまだ青二才。特段、優れた能力を持っていないことに気づけていたか記憶は定かではありませんが、この先、この仕事を続けられるのだろうか?と考え、転職を検討していました。

当時は実家から通っていて、ある日、父にお酒に誘われてお店に入ると、父同期であるNTTコムエンジニアリング(以下、コムエンジ)の部長が同席されていました。もともと面識のある方なので世間話などをしていると、「今うちで営業を募集しているから、受けてみては」と声をかけてくれたのです。いま思えば、息子の身を案じて父が根回ししていたのでしょう。

ちょうど、ワークライフバランスを踏まえた生活への憧れが強まっていた時期でした。NTTグループへの魅力は高まり、まさに「渡りに船」で応募し、運良く人材派遣業務の営業として採用されました。その当時、会社は「茶髪の若いのが来た」と少々ざわついたみたいですが(笑)。

経験ゼロで現場の最前線に飛び込み、極意を会得する

コムエンジに入社して就いた人材派遣の営業は業種としては全くの別物ですので、派遣法、労働契約法等の知識がないことに苦慮し、派遣先の用語や文化を理解することにも非常に苦労しました。また、営業ではありますが、スタッフさん一人ひとりのフォローを行うことが重要な業務でした。各々、価値観も違うので苦労もしましたが、自分自身の知識と思考の広がりができたと思います。

人材派遣の営業を約6年経験したのち、NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)でのノード化装置、専用線の営業に近い販売企画を行う、現DPS部への逆出向の機会をいただきました。出向前に突貫工事のように研修受けたり本を読んだりしましたが、そこは突貫、いざ職場に行けば、「本でみたことある字だ・・・」程度でしたし初耳の用語が飛び交うテクニカルな領域なので、最初は何を言っているかまったくわかりません。当時のNTT Comの上司は現場志向な方で、「わからなくてもいい、とにかく現場に行け」「ここを読み上げるだけでいい」など、ドキドキさせていただきました。

今までの営業はどちらかというと、自分自身でお客さまを見つけ一つひとつの金額は小さなものでしたのが、ここで訪問するお客さまはNTT Comのユーザであり、金額も大きければ自分の失敗が関連する他部へも大きな損失を招くことが容易に想定でき、責任とプレッシャーのかかり方が、今までの営業とは質が違いました。恥ずかしながら当時は金額の大きさや企業名で責任の大きさを感じていました。しかし、自分自身の行動がいかに会社に影響を与えるのかを考えられるようになった、非常に良い経験でした。また、この2年間NTT Comの一員として業務を行い、実業務以外の目線の持ち方や考え方、業務の進め方を学ぶ、かけがえのない時間を過ごさせていただきました。

出向期間を終え、現在のインフラネットワーク部に配属となりました。同じインフラ系ではあるものの、まったく通用しませんでした。現場で揉まれながら知識や技術を身につけるしかないと覚悟を決めました。幸か不幸か、配属されて間もないころ、大手放送局のネットワーク構築案件に携わることになりました。勇気ある上長は、ほぼ知識ゼロの私にこの案件を任せてくれました。

日本全国に拠点を持つ放送局のお客さまのネットワーク構築に伴い、NTT Comのバックボーンを構築する新たな中継装置を全国展開する仕事でした。最初は「NTT Comのビルに装置を設置して、線をつなぐ」といった程度の認識だったのですが、そんな簡単な話ではありませんでした。まず大量の資材調達をはじめ、すべてのプレイヤーの状況を把握してプロジェクトを円滑に進める必要があったのです。資材が集まらない、構築のスペースがない、時間がないという逼迫した状況、たびたび関連部署の方からのお叱りを受けながら、どうにか納期に間に合わせたことが私の財産になりました。

どのようにプロジェクトを回すべきかの基礎を学んだ成功体験が、いまの自分の仕事のベースを形成していると感じています。ご協力いただいた関係者の方々への感謝はいまだに忘れることはありませんし、今でもお力を借りっぱなしで返済できそうもありません・・・。自分ができなくても、周りのメンバーが協力をしてくれ、成し遂げられると実感できた非常に大きな経験です。

次世代インフラを視野に“新幹線のような通信”を走らせる

次世代インフラを視野に“新幹線のような通信”を走らせる

現在、NTTグループの組織再編に伴い、広帯域化とコスト意識が加速しインフラ面において非常に重要な局面を迎えています。これらを取りまとめるNTT Comの施策を把握・検討し、投資計画の策定から進捗管理を担当しています。とりわけ得意としているのは中継設備の構築業務です。県間の通信を担当するNTT Comは各都道府県に通信ビルを持っています。いま100Gbpsの基盤を400Gbpsに拡張する作業の真っ只中なのですが、最適な中継設備の選定に始まり、どのビルに設備を配置すれば通信が効率化できるか、スムーズに進められるかといったネットワーク構築に取り組んでいます。

たとえるならば、新幹線の駅を配置するようなものです。従来は「こだま」のような各駅停車で、通信ビルごとに装置を置いていたのですが、これを「のぞみ」にするために、駅を飛ばすように要所となる通信ビルに大きな設備を設置してネットワークをシンプル化しコストを削減する取り組みです。各サービスの主要拠点とトラフィック傾向を鑑み、装置の設置箇所や最適なルートを考えてプランを練っています。

日々の業務と並行して、「未来ワーキング」のメンバーに抜擢されたことは大きな刺激になっています。普段関わりのない部署のメンバーたちの多様な価値観に触れることは新鮮でした。さらに、私が漠然と抱いていたコムエンジに対する危機感を同様に感じているメンバーが多く共感を得られたことが非常にうれしかったです。現在、私が取り組んでいるインフラには物理的なケーブルや装置がありますが、いずれ黒電話がスマートフォンに置き換わったように想像もできないインフラが登場する可能性はあります。そういう変化が来ても、コムエンジが先端に立てるように常に変化に対応し変化していく会社でありたいと、未来的な観点では考えています。

目下の観点では、NTTグループの再編が進むいまこそ、グループ全体のインフラを最前線で担う絶好のチャンスです。コムエンジの命運がかかる正念場であり、いまの仕事をきちんとやり遂げることが最大のミッションであることは間違いありません。私は高校球児だったのですが、社会人になったいまでも、当時の監督から言われた「初心で」という言葉を座右の銘にしています。初心でいることによる、集中力と注意力は自らを律し吸収力も高まります。また、人への配慮を常に持ち続けることにより人間関係ができ、仕事も回るようになる。これまで異動のたびに、初心に帰らざるを得ない窮地を体験しましたが、この言葉を胸に刻んで、コムエンジをけん引する一人になっていきたいですね。

◇OFF TIME
高校球児だったこともあり、現在も草野球を楽しんでいます。本職はピッチャーですが、最近身体の衰えを感じています(笑)。コムエンジのチームにも参加しており、私よりはるかに目上のチームメイトが元気にプレーする姿に感心しながらプライベートでもお世話になってます。

長谷川 洋平

PROFILE

長谷川 洋平

2007年にNTTコムエンジニアリングに入社。インフラネットワークグループに所属し、NTTグループの県間ネットワークの新しい地図を描く仕事に取り組んでいる。驕らず、慣れず、慣れ合わず、常に初心でどんな困難にも立ち向かう気骨を秘めている。

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